第23期理事長挨拶

portrait of Prof. Yukiko Gotoh

会員の皆様へ
 このたび第23期理事長に選任され、学会運営を担当することになりました。これからの2年間、微力ながら精一杯頑張りますので皆様どうぞご指導のほどよろしくお願いいたします。以下、本学会がどのような存在であってきたかに関して、ふたつ私観を述べさせてください。

日本分子生物学会は「ワクワク感」を提供する
 本学会は会員数が約12,000名で、臨床を除く生命科学系の学会としては国内最大規模となります。なぜこの学会がこれだけ多くの人を惹きつけたのでしょうか。私の答えは、この学会に来れば常に最先端の「エッジの効いた」研究に触れられる、わくわくできる、今必要な新しい情報が得られる、という期待感だと思います。さらに(大規模であるが故に)この学会で発表すれば多くの人に知ってもらえる、多くの人と出会えるチャンスがある、という期待感もあることでしょう。そして、このような期待感を支えてきたのは、この学会の「自由で」「ボーダーレスな」雰囲気だと思います。老いも若きも立場を超えて、サイエンスという共通言語で自由に議論する(時には激論する)。そして分野もボーダーレスで、学際的どころか新しい分野を作る動きを常に取り込む活力が溢れています。例えば生物情報系の新理事のお一人は、「この学会で自分は門外漢だと思って参加していたのに気がついたら取り込まれてしまっていた」と仰っていました。既存の枠組みを超えて常に未来志向であるのがこの学会の大きな魅力であると私は思います。このエッジ感、ワクワク感、を大事にしていくことを大会組織委員会と共に目指したいと思います。

日本分子生物学会は生命科学コミュニティにおける「社会的責任」を果たす
 本学会は、生命科学研究分野における課題をきちんと取り上げて活動をおこなってきたことも大きな特徴です。単に議論するだけでなく、国の制度にも繋げてきた例として学振特別研究員・RPD(出産育児のための研究中断後復帰を支援する制度)の立ち上げならびにその期間延長を推し進めてきたという実績が挙げられます。男女共同参画委員会は10年前にキャリアパス委員会へと発展し、毎年様々な課題を大会において議論し啓発活動を行なっています。タブー視され手をつけにくいとされてきた研究倫理問題にも真正面から取り組んできました。様々なご意見があったことは私も承知しておりますが、そこから生じた若手教育活動(正しい統計やデータの扱い方の周知)はこの分野として未来志向の重要な意義があったと思います。高校生への生物教育活動も本学会ならではの取り組みで、会員の皆様のボランティア精神に支えられてこれまでに100件以上の高校への出前講義が行われています。学会大会への高校生の参加も増えてきています。こんな草の根活動をしている学会は他にはないのではないでしょうか。地震の際に復興支援掲示板を運営したり、COVID-19に関連した海外渡航情報掲示板を作ったりと危機対応も随時行っています。その他にも学会誌Genes to Cellsの運営や海外学会との連携・国際化など、非常に幅広く多くの活動を行っています。これまで本学会に携わって、熱い思いで貢献してこられた方々に頭が下がります。

第23期では何を目指すか
 現在新執行部の方々と、これらの本学会の良さをどう継承・発展させていくかについて議論を行っており、第23期の計画案を立てつつあります。問題意識をいくつかシェアさせていただきます。

・生命科学研究分野の環境改善について
 日本の生命科学分野の世界におけるプレゼンスが、直近10−15年間で急速に減退したことは広く認識されています。この減退は日本の生命科学分野における国の政策転換と密接に関わっています。大学法人化で運営交付金が減少し研究室配分がゼロになるケースが多いのにも関わらず、年200万円以上の誰もが応募できるオープンでフェアな基盤研究費を激減させてしまったこと。大型の研究費はほとんどが国の戦略目標に沿った狭い分野にしか出されていないこと。つまり自由な発想に基づく研究へのサポートが脆弱になってしまったことが日本発の創造的な研究力を削いでいます。加えてプロジェクトごとに支給される研究費では長期の雇用ができず、さらに10年無期転換の縛りによっても長期雇用が難しくなっています。研究者の多くがこの深刻な状況に大きな危機感を持っているにも関わらず、その声が行政に届いているとは言えません。新執行部としては、日本の生命科学分野を活性化させるために、そして何より次の世代の研究者のために、声を上げるべく草の根運動を始めようとしています。何が有効な手段となりうるか等、皆様からご意見・アドバイスをいただけましたら大変有り難いです。

・多様性について
 日本はジェンダーequity後進国です(gender gap index 2022は世界146カ国中116位)。私も自分の大学でその対策の末端に加わっておりますが、簡単に改善しないことを実感しております。だからこそ継続的に努力しなければいけませんし、本学会でも多くの方が意識高く取り組んでくださってきた良い流れをさらに推し進めなければいけません。多様性としてはジェンダー・LGBTQ+に加え、国籍、地域も大きな問題です。特に地域格差は(国の進めてきた「選択と集中」等の結果として)いまや非常に大きな課題となっています。学会として何が出来るのか、これから皆様と共に考えていきたいと思います。

 「ワクワクする」サイエンスを軸にしつつ、皆様のご指導を賜りながら様々な課題に取り組めれば幸いです。是非会員の皆様からのご意見をいただきたく、何卒よろしくお願いいたします(事務局宛: info@mbsj.jp)。

 

2023年1月
特定非営利活動法人日本分子生物学会 第23期理事長
(東京大学大学院薬学系研究科)
後藤 由季子