キャリアパス対談
第7回:大谷直子×中川真一

委 員:大谷直子(東京理科大)、中川真一(理研・和光)
日 時:2015年5月1日(金)14:00~16:45
場 所:東京八重洲ホール

 2014年12月2日、大隅典子第18期理事長と塩見美喜子第18期キャリアパス委員長が文部科学省を訪問し、本学会からの要望書『男女共同参画のさらなる推進を目指して~女性研究者リーダーシップ養成と充実したライフイベント環境整備に関する要望~』を科学技術・学術政策局及び生涯学習政策局の局長に手渡し、施策への反映を訴えました。

 この要望書は、第3回大規模アンケートに回答した本学会の会員分を対象に「第3回日本分子生物学会男女共同参画実態調査報告書」としてまとめられた内容をふまえ、特に対策を要する喫緊性の高い4課題を抽出したものです。報告書では、女性研究者がおかれる環境は徐々に改善されつつあることが述べられていますが、若手研究者のライフイベントを支える制度の不足も指摘しています。そこで今回、第19期より本委員会に新しく加わられた大谷委員と中川委員に、特に若手研究者のライフイベントについて対談していただきました。

(第19期キャリアパス委員会 委員長 小林武彦)

 

【中川】僕のところは大学院のない研究所なので若い学生がおらず最近の動向はよく分からないのですが、日頃から多くの学生さんに囲まれている大谷さんには、若手のリアルな叫び声が届くこともあるのではないでしょうか?

Naoko Ohtani【大谷】現在の所属に着任して1年ということもありますが、ラボの構成員の半数は学部生ですし、実験課題や就活に関する悲鳴は聴こえても、ライフイベントに関して叫ぶ若手はさほど多くないかもしれませんね(笑)。

【中川】ラボに入ると異性との出会いはとにかく少ないですから、そもそもそこが切実な問題というような気もしますが(それだけライフイベントを機に研究の道から離れる人がいるのであれば)研究者にとってのひとつの難関と考えて間違いはないのかもしれませんね。ただ、働き方に対する考え方はどんどん変わってきていると思います。僕らが学生の頃は土曜日も学校がありましたから、ある意味、少なくとも土曜日は仕事をするのが当然と考えていました。しかし、時代は大きく変わっていますし、土曜日休日がネイティブな人が増えてきて、休日は休むことに抵抗がなくなってきているのはよいことだと思います。

【大谷】欧米の方はプライベートを大切にするので、自分の趣味だったり、家族との時間だったり、研究者も土日はしっかり休みますからね(笑)。
 私がイギリスへ留学していたときは子供がまだ小さかったため、学童保育のお迎え時間ギリギリまで仕事をして、帰宅後は家事と子供の世話に追われる日々でした。ラボでは限られた時間内で仕事をこなすため、いくつかの実験を同時に動かすなど、常に効率を意識した働き方をしていました。「時間制限」はネガティブな表現もできるのでしょうが、子育てというかけがえのない時間が大きな励みにもなりました。

Shinichi Nakagawa【中川】そういう状況の方は効率よく働かれますよね。ダラダラ長いことラボにいる人に限って仕事は遅い。ライフイベントが前に進むと、働き方、もっと言えば生き方そのものが大きく変わるということだと思います。パートナーがいれば貧乏暮らしも我慢できる、みたいなところもあるでしょうし。

【大谷】それに、子供ができるとまた違いますよね。研究の世界とは全く違う一般社会と接することが多くなりますから、ひとりの母親、ひとりの人間として成長できる時期でもあります。ですから、子育てをしながら時間的な制約のなかで働けたことは、多くのことが同時に経験できて、むしろよかったのだと思っています。

【中川】はい。子供がいると、独身の頃より「いい人」になれるというか。自分のことしか考えていなかったのが、他の人のことも考えるようになりますし。
 朝から夕方までラボにいれば大抵の仕事は終えられます。研究や教育以外にもこういった学会活動などもあるわけですが、書類書きなら家でもできます。深夜まで頑張るのも立派ですが、働き方はどんどん変わってきている気がします。かつてマッチョな働き方をすれば進んだ仕事も、今やクリックして3秒とか、技術の進歩で機械がやる仕事になったりしています。ラボのメンバーにお子さんが生まれたりしたら、全力で応援したいですね。結果がちゃんと出るのなら、働き方はいろいろあってよいと思います。

Naoko Ohtani【大谷】研究が好きで実験を続けたいのなら、特に女性はそこが頑張り時です。私の場合、いくつかの研究室を経験していますが、研究室にいる「時間」よりも「プロダクティビティ」を重視するPIの研究室に所属できたのがよかったと思います。このあたりはPIの力量というか、ラボの雰囲気づくりも重要になってきますが、きちんと仕事に取り組んでいれば、多くのPIは両立を支援してくれるはずです。

【中川】そうですよ。一昔前は、結婚はダメという考え方もあったかもしれませんが、普通に考えておかしいですし、今ではだいぶ考え方も変わってきていると思います。何か改善しようとしても法律をつくるようなことは私たち研究者の手に余りますから、事業所単位でできること、例えばお子さんのいる大学院生は学費を免除するとか、次世代型の支援制度になりそうなことをキャリアパス委員会で提案したいですね。

【大谷】いいですね。ある民間財団の研究助成では、3歳未満のお子さんがいる研究者を対象とした枠があり、申請者は母子手帳のコピーを添付して申請します。
 少子化対策を掲げる一方で、現実的には晩婚化が進んでいるようですが、適齢期の出産は生物学的にもよいとされていますし、二人目・三人目が欲しくなることなどからも、早めに子供を出産する方が全体としてのメリットは大きいように思います。

【中川】そうですね。「技術の進歩で少子化対策を」とかありましたが、はぁ?という感じがしますね。卵子凍結の技術革新も重要なのかもしれませんが、まずは自然体で考えたいところです。
 それから、これは研究者のコミュニティにかぎったことではありませんが、女性を優遇することに対して批判するのは明らかに間違えていると思います。将来を背負う世代への支援だと考えるべきですし、そういうことができる社会はやはり強い社会だと思います。あと、上の世代の人だけが集まって将来を考えても、当事者ではないわけだし、若い世代が直面している問題はわからないですよ。だからこそ、今年の年会では若手のリアルな意見を吸い上げた企画にしたいですね。

【大谷】中川先生のおっしゃるとおりと思います。数千名の優秀な若手研究者を擁する分子生物学会ですから、若手の能動的なアクションにも期待したいですね。

Shinichi Nakagawa【中川】今回はライフイベントをテーマにお話ししてきましたが、結婚なり出産なり、ためらわず踏み込む勇気を持ってほしいですね。苦労することもありますが、得られることのほうが多いと思います。
 あと、自分よりも下の世代の人には、これからいろいろ教えてもらいたいという気持ちが強いです。最新の技術を使いこなせるのは若手研究者ですし、頑張っている人は必ず周りから応援してもらえるはずです。まだまだ若いつもりですが、新しい分野を一緒に作っていきたいですね。

【大谷】対談の冒頭で出てきた要望書にもあるように、ここ数年で女性研究者の支援制度はかなり充実してきましたが、それにあまえることなく、業績を出せるよう一生懸命に頑張ってほしいです。もちろんそれには時間もかかりますから、男女問わず学生時代には、“よく遊び、よく学べ”ということかと思います。よく「遊び」ながらも、残りの限られた時間でしっかりと「学ぶ」ことによって、集中力や効率が身についてくると思います。そのような習慣が、のちに様々な「両立」に結びついていくと思うのです。仕事と子育ての両立は決して容易ではありませんが、研究に集中できる環境を希望するからこそ、自身のライフイベントと向き合うことが大切なのではないでしょうか。
 中川先生、今日はありがとうございました。