【Part2「博士についてのお悩み解消!~Ph.D. の価値と可能性について~」】

●日 時:2023年12月7日(木)12:00~13:15

●会 場:神戸国際会議場3階国際会議室(第10会場)

●参加者数:230名

 

 博士号は世界的に通用する価値あるものとされる一方で、博士課程進学・博士号取得後のキャリア形成に悩みや不安を抱く人もいます。Part2では具体的に何が博士号取得の障壁になっているのかを聞き、その解消に向けてパネリストや参加者の皆さんからアドバイス、ヒントなどを集め、シェアすることを目的としました。小林武彦氏(東京大学定量生命科学研究所)をお招きし、冒頭に「マルチプレーヤーとしての博士の価値」について講演をいただいてから、パネルディスカッションに移りました。
 まずは「ライフワークバランス」について。「研究者は非常に多忙で、自分のすべてを犠牲にして研究しなければならない」「競争の場では『研究に全振り』が有利」などのイメージがある人もいると聞きます。パネリストからは以下の意見が集まりました。・研究者に限らず、特にワンオペ育児中でフルタイムともなれば、忙しいのは皆同じ。働き方や仕事の進め方などを自分でデザインできるところが大きい分、研究者のほうが工夫次第で柔軟にできる点は多いかもしれない。

・研究者をしているとハードワークにならざるをえない時もあるが、それが好きなことであれば「好きなことに没頭できる幸せな人生」ととらえることもできる。

・ライフイベントは先送りできない。終わりがある。そして最優先しないといけないものである。それができないとすれば社会が悪いが、知恵を絞ってやっていくことになる。

・何が一番大切かは人それぞれ。家族がいればライフが一番に来る場面もある。

 カップルで一方あるいは双方が研究者の場合、ポストを得るためにパートナーと別居することになる人も多いという話題は前日のPart1にもありました。Part2では「博士号取得後は結婚してパートナーと一緒に暮らしたいのですが、エリアを限定してポストを探すと大変でしょうか」と投稿した参加者がおられました。パネリストからは「ライフがあって研究がある。どちらが重要かは人によって違う。場所で選ぶことも重要」「エリア限定なら全国で見なくて良いので絞りやすい」「求職中であることや興味のある分野などについて色々なところで話していたところ、話が合い求人を出していないラボで雇われた知人のケースもある」などの発言もありました。
 博士号によって開ける多様なキャリアパスの可能性についても話題になりました。
 その少し手前のところでは「博士に進む前に回り道をした人の実例を知りたいです。修士とって一度社会に出て、やっぱり博士とって研究に戻る選択肢も選びやすくなったら、進路選択少しは楽にならないかな」という方もいました。実はこのキャリアパスの方は結構おられます。また博士号取得後に再び企業へ戻って、より広く深く研究開発などに携わる人もいます。社会のニーズを把握した上で基礎研究に臨む視点は非常に有用ですし、ユニークなバックグラウンドは良い意味で目を引きます。
「博士→企業→アカデミアは想像できない。」という投稿がありましたが、特に企業とのコネクションや実務経験を重視する私立大学などでは、このキャリアのPIも多いです。就活をすると研究の時間が取られてしまうという面はあるものの「就活もしてみて内定までいただいて、悩んだ上で研究者になることを決めたなら、納得してがんばれるでしょうし、就活で得られる経験もその後の自分に活かせます」というパネリストの経験談もありました。
 経済面についての不安の声もあります。博士課程の学費などについては以前に比べて公的サポートも手厚くなりつつありますが、まだまだ足りないのが現状です。これには制度面の見直しを求める継続的な働きかけが大切で、学会としてもこつこつと活動を続けています。出産・育児に関する補助制度は以前に比べ充実してきているので、費用を低く抑えてベビーシッターなどを利用することもできます。研究者の家族まで含めてサポートする公的制度はまだあまり聞きませんが、「ケイロン・イニシアチブ」などNPO 法人でそのような活動をしている団体はあるので、お困りの方はぜひ調べてみてください。
 ロールモデルについても話題になりました。私の恩師・相賀裕美子先生はとてもかっこいい方で、「あなたがハッピーでないと!」と言われたことがあります。何より、ご自身がいつも楽しそうでした。ちなみに胡桃坂委員長が今回小林氏に講演を依頼した理由もまた「どれだけ好きなことをやって楽しそうに生きているか、見てほしいから」とのことです。その小林氏がフル活用している博士号とは、ご本人によると「知的好奇心を最大限発揮できる、人間の存在に関わる重要なことができるライセンス」とのことです。
 このように明確なロールモデルがいても良いですし、誰か一人ではなく、遠い存在である高名な先生のあんなところ、すぐ近くにいる同級生のこんなところが良いというふうに、いいとこ取りをするのも手です。これはラボ選びについても言えることで、ラボにはそれぞれ違った色や独自のスタイルがあるので、複数のラボを経験してみてその「いいとこ」を蓄積していくというのも良いと思います。
 博士号を取得して研究者をしている人々を見ると、皆さん「研究が好きでパッションがある人」です。
 学生の皆さんに伝えたいのは、「学生の間に面白いこと、楽しいことをたくさん経験して、情熱を注ぎ続けることのできる好きなことを見つけてほしい。その情熱を活かす場はアカデミアでも企業でも良い。何かイベントが生じた時に乗り越えていける力にしてほしい」ということです。
 研究が好きで、研究を続けることに興味がある人には、「やる気軸」と「能力軸」のうち後者がないと思って諦めるケースがありますが、指導する側から見ると、やる気のある人のほうが伸びる傾向にあります。やる気が持続するなら、能力は後からついてきます。ポイントは、指示を待つのではなく、やりたい、知りたいと思うことについて自分で考えて動くこと。研究に必要な人とのコミュニケーションや人前で話すことが苦手という人は、場数を踏めばできるようになります。後悔しないよう、やりたいと思った時には自分の心の声に忠実に動いてください。

(文責:座長・佐田 亜衣子)