【Part1「事前アンケートから考える:人生の選択肢を増やすためのPh.D.」】

●日 時:2023年12月6日(水)12:00~13:15

●会 場:神戸国際会議場3階国際会議室(第10会場)

●参加者数:240名

 

 2023.8.7―28に実施した「人生の選択肢を増やすためのPh.D.」事前アンケートでは662件の回答がありました。ご協力くださった皆様にお礼申し上げます。この事前アンケートでは「学生の時、博士号の価値をどう考えていた(いる)か」「博士課程への進学を考える時、誰の意見を参考にした(する)か」「海外へ行きたいか」「博士号を取得したいか」等を、「博士号取得者」「博士号非取得者」「学生」のカテゴリに分けて調査しました。事前アンケートの設問作成は、当日のパネリストでもある鐘巻将人さんが担当してくれました。
 Part1のセッションは当初、事前アンケートの結果を一通り見ていった上でディスカッションに入るような流れをイメージしていましたが、胡桃坂委員長からの「甲斐さんのやりたいようにやってください」という一言により、アンケート結果をもとに座長が特に取り上げたいテーマを順にピックアップしていき、パネリストやフロアの皆さんとガチトークを展開することになりました。テーマは以下の4点です。
 1.博士の学位を持っていて、研究職を得た以外で良かったこと
 2.研究とライフイベントの両立
 3.海外経験について
 4.研究環境は自分で選ぼう
 当日のセッションは、実際には以下のように1~3を融合した形で議論が進みました。

・日本ではPh.D.の評価が低く、取得するまでの時間や労力、費用に見合わないと感じている人が多い。しかし海外ではPh.D.に対する社会的信用度が高く、Ph.D.があれば現地で職に就ける、良い賃貸物件を紹介してもらえるなど、恩恵を受ける機会が多い。

・海外で出産・育児をしながら研究するという道もある。海外では子育てについて周囲からの理解を得られやすく、また欧米などでは日本に比べ研究所や大学のサポーティングスタッフの数が多いため、雑用が日本よりも少ないので、子供がいても日本より研究に集中できる。家事代行者やお手伝いさんを雇用して家事をお願いできる国もある。また海外では人材獲得のために研究者カップルが一緒に暮らせる形で雇用されることも多い。日本では夫婦別々のケースが多い。九州大学の配偶者帯同制度なども動きつつあるが、組織レベルで取り組むべき改革であると感じる。なおポストの都合上長年別居の研究者カップルであっても、その形態でワークライフバランスがうまく取れているケースもあり、別居が一概に良い、悪いと言えるものでもない。できるだけ一緒にいたいカップルにとっては、海外は一つの選択肢となりうる。

・女性にこそ学位を取ってほしい。学位はライセンス。仮にライフイベントなどで研究を一時離れることがあっても、ライセンスがあればその後のキャリアに道が開けるケースも多い。キャリアを選ぶか、ライフイベントを選ぶかという選択ではなく、両方をあきらめないでほしい。

 参加者の方から「大学院は日本と海外どっちがいいでしょうか。」という投稿をいただきました。座長とパネリスト一同からの回答をまとめると以下のような内容でした。

・博士号は、できれば早く取れるとその先が楽しい。大学院の情報は現状、海外より日本のほうが詳しく入手しやすいこともあり、日本で良い研究室を見つけてPh.D.を取得してから海外へ行く方がスムースであることも多い。日本のラボで会得できる研究の作法は将来世界に出てからも役に立つ。

・海外では博士学生よりポスドクのほうが留学生を採りやすい枠組みの中にいるという事情もあり、海外へはポスドクになってからのほうが行きやすい傾向にはある。ただし海外では給料をもらいながら博士課程に行けるメリットもあるので、ケースバイケース。しかしPIのグラント事情によっては給与が減額またはなくなるなどの事態も起こりうる。また、人気がある良いラボへの配属は、奨学金をもっている学生と競争になることもあるなど、タフな状況になる可能性についてあらかじめ留意しておくとよい。

 海外へ行くとなると「テニュアでPIのポジションを得られない」「日本に帰れない」といったことを心配する人もいます。これについては例えば学術雑誌の編集者など、non-PI研究職以外の職業に転身する人も海外では珍しくありません。Ph.D.を持つ人が政治家になるケースも多いです。日本ではまだわずかながらそのような政治家が出てくるようになった段階です。また日本のグラントシステムは研究の実際を知らない人が中心となって作り上げてきましたが、こちらもようやく少しずつ博士号を持つ人が官僚や科研費を審査する組織に入っていきつつあります。この流れが進むことで、日本の国策も変わってくるかもしれません。若い世代の人には、まずそうした認識を共有してほしいと思います。
 ところで「研究室にこもっていると出会いがない」「女ですが、マッチングアプリで会う人は博士ってなに?なんかすごそうって引かれて終わる。」といったお悩みのコメントもありました。その流れで「『学会でナンパ』もありではないか?」という話題が盛り上がりを見せました。ナンパという表現を不適切に感じる方もおられるかもしれませんが、すばらしい研究や、その発表をしている人を「かっこいい」「素敵」と思い、自分もそんな研究者になりたいと思うことは、モチベーションとして悪いことではありません。パートナーなどとの出会いに限らず、学会は、自分にとって新しい人的ネットワークを構築する出会いの場でもあります。
 最後のテーマ「研究環境は自分で選ぼう」は、事前アンケートに今いるラボの人間関係で悩みを抱えていると思われるコメントが複数あったため、委員会一同から伝えたいメッセージとして取り上げることにしました。入ったラボが自分に合わないと思ったら、ラボを変更して良いのです。ポスドク・スタッフの方は、Ph.D.と経験があるからこそ、より良い環境を求めて動くことができます。またPIは学生を求めており、学生の皆さんには選ぶ権利があります。大学院生であっても、研究室の移動をもっと気楽に考えてみてはいかがでしょうか? ラボ内の人間関係であればまず指導教官の先生に相談をしてください。ラボの先生に相談できないようであれば、研究科や大学の相談窓口などに行ってください。ハッピーにサイエンスができる環境を探してほしいと思います。

(文責:座長・甲斐 歳惠)