第18期(2013-2014) 大隅典子理事長

会員の皆様へ
新しい年が始まりました。今年から第18期の日本分子生物学会の理事長を仰せつかりました東北大学の大隅典子です。これから2年の間、どうぞよろしくお願いいたします。
日本分子生物学会は1978年に初代会長渡邊格先生に賛同された約600名の方々により誕生しました。現在の会員数は1万5千名を超え、生命科学系では日本でもっとも大きな学会に成長し、体制も任意団体からNPO法人へと変り、学会を構成する人的多様性も増しました。このような中で、第17期は小原理事長の許、副理事長を務めておりましたが、今期あらためて本学会の運営をお預かりする責任を感じています。
まず、ここで一つお詫びをしなければなりません。2012年の福岡年会(阿形清和年会長)の前にお送りしました会員一斉メール(12月3日付)の中に不適切な文言があったために、少なからぬ会員の皆様には「分子生物学会では男女共同参画に関して後退するのではないか」というご心配をおかけしました。これはまったく私の不徳のいたすところでしたが、その趣旨は、男女共同参画という問題を若手問題も含めたより広い視点から捉えて、男女ともに共同して働きやすい・生活しやすい社会を推進したいということにありました。
分子生物学会における男女共同参画は、2001年の年会保育室設置WGに始まります。翌年、初めての年会保育室設置と共に男女共同参画WG(大坪久子座長)がスタートし、2006年には委員会へと昇格して、私は初代委員長を務めさせて頂きました。2009年には、第2回学協会連絡会大規模アンケート回答者の中から本学会会員のデータをもとにした分析を行い、「第2回バイオ系専門職における男女共同参画実態の大規模調査の分析結果」として本会HP上に公表しています 。松尾勲WG座長を中心になされたこの分析の結果、ポスドク等のキャリアパスや意識改革などの男女ともに共通した問題が浮かび上がっておりました。ちょうど今年は昨年末に実施された第3回学協会連絡会大規模アンケートの分析を行うタイミングでもあり、その結果を科学人材育成施策に繋げることができればと思っております。ちなみに、分子生物学会では2448名(会員に対する回答率16.1%)からの回答を頂きました。会員皆様のご協力に心から感謝致します。第18期は、執行部や各種委員会の委員長や構成メンバーにも多くの女性会員に参画して頂いておりますが、今後も女性のvisibility向上やリーダー育成に努める所存です。
もう一つの大きな問題は、論文不正に関することです。この件に関して、福岡年会では前日に行われました理事会においても議論しました上で、初日の夕方に「緊急フォーラム」を開催し、これまでの学会の対応等についての経緯を説明しました。学会としてのアクションは、17期(小原雄治理事長)において、11月8日に、東京大学総長宛で調査結果の早期公開を求める文書を送り(HPに掲載済み)、その後さらに追加の要望や関係機関への要望書を送付しております。
本学会において、論文不正の問題は過去にも取り上げた例があり、研究倫理委員会が設置される契機となりました。この度は、学会主催による若手教育シンポジウム等の中心としても活動された方が、論文不正に関与する形で辞職されました。この事実は、大変に重いものと承知しております。一方で、学会は、論文不正の実態を調査するための資料や権限を持ちあわせていないことをご理解頂きたいと考えます。
日本分子生物学会は、生命科学分野を包括する最大規模の学術団体ですので、今後も同様の科学不正が生じないためには何をすべきか、研究倫理への啓発も含め、改めてその対応について真摯に取り組みます。科学者を取り巻く競争環境が厳しくなった中で、論文不正は研究室を構成するすべての方々に関わる問題であり、中でもPIのラボ運営における研究倫理規範が問われているといえるでしょう。私たちは科学に対する愛と誇りと誠実さをけっして忘れてはならないと思います。
今期の学会運営につきましては、季節毎に理事長からのこのようなお手紙でもお伝えするとともに、公開情報はすみやかにHPに掲載致します。また、運用方針が整い次第、FacebookなどのSNSツールも活用し、一斉メール配信でのご連絡は可能な限り少なくする方針です。もちろんメールやSNS上での会員からのフィードバックも期待しています。
皆様にとって、今年が実り多く幸せな年となりますことを心からお祈りしています。
2013年1月
特定非営利活動法人 日本分子生物学会 第18期理事長
(東北大学大学院医学系研究科)
大隅 典子
理事長からのメッセージ(2013年春)
科学の魅力を伝えること、科学の魅力を見つけること

春です。新学期です。
かつては日本も秋入学でしたが、日本人のメンタリティーには、桜咲くこの季節を節目とするのが合っているのでしょうか、明治初頭には9月入学だったものが、1921年頃から4月入学に移行しました。日本分子生物学会の第18期は2013年1月から始まりましたが、この3月末に臨時の理事会を開催しました。第17期からの申し送り事項になっていた科学論文不正問題に関して、学会として全力で取り組むためのアクションについて議論を行いました。追って研究不正を防止するための方針を発表する予定です。また、次の12月の年会では、近藤年会長のご高配により、3日間の会期の間毎日、研究倫理についてのセッションが設けられる予定で、数カ月かけてその準備を進めます。多くの方々にご参加頂き、この問題についての情報や意識を共有したいと思います。
ところで、元東京大学総長の蓮見重彦先生のご著書『私が大学について知っている二、三の事柄』の中に、次のような一節があります。
文化とは、その「稀なるもの」、その「異質なるもの」を擁護しうる多様性によって、その質を高めるものにほかなりません。そして、そのような社会が、真に独創的な個体を生むのです。それに無自覚なまま、人を惹きつける魅力もなしに、ひたすら「独創的であれ」と説く人びとの退屈さは、社会そのものの退屈さの反映にほかなりません。教育とは、何にもまして、「魅力」の体験にほかならないからであります。「魅力」とは何かを教えるのではなく、この世界は何かに惹きつけられたり、誰かを惹きつけたりするという瞬間がまぎれもなく存在するのだということを、実践的に体得したり、体得させたりすることが真の教育であるはずです(「惹きつける力について」より。太字は筆者による)。
未来の生命科学者、分子生物学者を育てる上で、研究を遂行するのに必要なスキルを伝授し、トレーニングすることは絶対的に必要な要件です。この「スキル」の中には、様々な実験手技だけでなく、研究マネージメントや、論理的思考などが含まれます。でもおそらく、もっと根源的に必要なことは、科学の世界に、まぎれもなく「魅力」が存在する、ということを伝えることなのではないでしょうか。科学の「魅力」は、科学者それぞれの好みもあると思いますが、皆その「魅力」に取り憑かれて、それを根源的なエネルギーとして、日々の営みを行なっているのだと思います。
私の場合で言えば、大学院の1年目で、全胚培養という技術を習っているときに、胎齢10日目のマウスを培養用に取り出して、そのマウス胎仔の心臓が赤々と鼓動しているのを見たときに、発生という生命現象の「魅力」に心打たれました。その後も、非RIのin situハイブリダイゼーション技術が開発されて、特定の遺伝子のmRNAの局在をwhole embryoで見ることができたとき、あるいは、遺伝子変異ラット胎仔の末梢神経系において予想外の表現型を見出したときなど、その瞬間瞬間の「ドキドキ感」は今でも強く覚えています。ごく最近も、学生さんのデータをあれこれ眺めていたときに、ばらつきの中に非常に重要な真実が隠されている可能性を見出して、非常に興奮しました。
このような「感動」、すなわち科学の「魅力」は(残念ながら)しょっちゅう起きることではなく、予めいつ起こるか想定できる訳でもなく、教えることでも教わることでもありません。きわめて個人的な体験であるが故に、ある学生さんにとっての感動は他の学生さんにとっても感動できるものとは限りません。
教員としてできることは、感動や魅力を「共有」することや、学生さんが自ら魅力に気づくことができるように、環境を整え、見守ることだと思います。ボスが考えた作業仮説に合うデータを求めるだけの世界には、科学の魅力はありません。学生さんにとっても、科学の感動や魅力は「教えてもらえるもの」「分け与えられるもの」ではないのです。それは、あくまで自らが体験し、見出すものであり、科学は、そういう感動や魅力の上にこそ成り立っているのだと思います。
2013年4月
特定非営利活動法人 日本分子生物学会 第18期理事長
(東北大学大学院医学系研究科)
大隅 典子
理事長からのメッセージ(2013年夏)
リケジョ誕生百年を祝って

季節ごとにメッセージを発信しようと決めたのですが、3ヶ月が過ぎるのがなんと早いことかと思います。すでに学会員への一斉メール配信や会報105号によりお伝えしていますが、この間に、研究倫理に関しての理事長報告および理事会声明を公表し、会員へのアンケート調査を行いました。おかげさまで1022名もの方々からの回答を得ることができました。この場をお借りしまして心から御礼申し上げます。回答の分析結果は、近藤年会長のもとに開催されます第36回日本分子生物学会年会において、大会企画の中で扱う予定であり、今後の実データに基づいた行動指針を立てるのに役立つと思っています。
この間、想定外のこともありました。官邸主導による「日本版NIH構想」に関して、本学会は多数の基礎生命科学研究者を擁するという立場から、2つの共同声明発出に加わりました。6月10日に出たものはライフ系の7学会から、そして、6月11日には生物科学学会連合からの声明が出されました。どちらも、基本的には健康・医療の分野において日本の現状では基礎研究から応用研究への繋がりが良くないことや、臨床研究へのトランスレーショナルリサーチを見据えるなど改善点を認めつつ、将来の芽につながる可能性を持つ未知数の生粋の基礎研究をないがしろにしないでほしい、という内容の要望です。予算規模も扱う対象も似て非なる「日本版NIH」の具体的な中身については、これからもしっかりと見守る必要があるでしょう。
実は3ヶ月前の時点で、次の「ネタ」として考えていたのは女性研究者のことでした。今年は、初めての女性、しかも非軍人宇宙飛行士ワレンチナ・テレシコワがボストーク6号に単独搭乗して50年、そしてロザリンド・フランクリンがDNAの構造決定の鍵となる結晶構造解析データを出したことによる、有名なワトソン・クリックのNature論文が出されて60年という節目の年なのですが、日本で初めて3名の女性が東北大学(旧東北帝國大學)に入学してから百周年目でもあります。東北大学は開学の理念の一つに「門戸開放」を掲げ、いわゆる「傍系入学」を認めることにより、旧制高校卒業生以外の人材にも受験資格を与えました。そこで、東京帝国大学の化学の教授であった長井長義は、非常勤で教鞭をとっていた高等女子師範(現お茶の水女子大学)および日本女子大学校(現日本女子大学)において見出した優秀な女子学生に、東北帝国大学の受験を勧めたのでした。こうして、黒田チカ、丹下ウメ、牧田らくという三名の女性が東北帝国大学の理学校に入学して化学と数学を専攻し、無事に学士として卒業しました。日本で最初の女子大生は理系、すなわち元祖「リケジョ」であった訳です。
独創的な科学を育むためにも、人的多様性は重要です。前回のメッセージでも引用した元東京大学総長の蓮見重彦先生の『私が大学について知っている二、三の事柄』の一節は、以下の様な出だしでした。
文化とは、その「稀なるもの」、その「異質なるもの」を擁護しうる多様性によって、その質を高めるものにほかなりません。そして、そのような社会が、真に独創的な個体を生むのです。
昨年の年会の時点において、日本分子生物学会の学生会員において女性比率は35.1%、一般会員は19.6%でした。年会ポスター発表の27.6%はこの比率の中間に位置していますが、シンポジウムの講演者の女性比率は3.7%、オーガナイザーでは0%となっていました。もちろん年齢構成が男女で異なると思いますが、2002年から男女共同参画ワーキンググループを立ち上げた本学会においても、まだまだ女性を活用する「伸びしろ」があると考えられます。
女性・男性ともに、若い方々がその能力を発揮するには、メンターの存在が重要です。上記の日本で最初のリケジョ誕生の裏には、長井長義や東北大学理科大学校の真島利行(後に大阪帝國大學総長)、同郷の名士などの恩師の存在がありました。メンターはロールモデルとしての役割を果たすこともあります。「あんな人物になりたい」「こんな職業を目指したい」という強い思いは、キャリアの道を進む上で大きな力になるでしょう。逆に、研究室で年長グループに入った方は、年下のメンバーがその背中を見ているという意識を持つことが必要と思います。人を育てるのは人なのです。
2013年7月
特定非営利活動法人 日本分子生物学会 第18期理事長
(東北大学大学院医学系研究科)
大隅 典子
理事長からのメッセージ(2013年秋)
2020年の東京オリンピック招致に思う:人材育成こそ国策の柱

東京オリンピックが2020年に開催されることが決まりました。明るい話題で嬉しいことですね。2020年は、あとたった7年後です。今年生まれた赤ちゃんが小学校に上がるまでには、東日本大震災からの復興も成し遂げられていることを強く期待します。
オリンピックと言えば、高校生向けのアカデミア・オリンピックとして、数学、物理学、化学とともに「国際生物学オリンピック」という催しもあります。世界から国ごとに選抜された高校生が、生物学の問題にチャレンジするのですが、日本では2009年に筑波ではじめて開催されました。今年はスイス大会がベルンで開かれ、日本から参加した4名の高校生は、金メダル1個、銀メダル3個を取るという快挙でした。2011年の台湾大会では、あと1歩でパーフェクトだった「金メダル3個、銀メダル1個」でしたので、もっとメディアでも取り上げて頂けたらと思っています。
今年参加した高校生たちは、2020年にどこで何をしているのでしょう……。誰か生命科学系の博士課程大学院に進学する方もいるでしょうか? 未来の生命科学を切り拓くのは次世代の若い方々です。そもそも、天然資源に乏しい我が国においては、人材こそが国力の源です。日本が科学技術立国を目指すのであれば、どのようにして科学分野の人材を育成するのかは、もっとも重要な課題の一つだと思います。
先日、ドイツのゲッチンゲン大学を訪問する機会があり、その折に「XLab」という施設を見学しました。この施設では、2階が物理学、3階が化学、4階が生物学、5階に神経生理学の講義室と実習室があり、主に高校生を対象として大学〜大学院レベルの実験を体験してもらうワークショップを定期的に開催しています。それぞれのフロアごとに異なる基調色が使われ、建物の外側の壁もカラフルです。当初はドイツ国内限定でしたが、現在は世界中からの参加者が国際サイエンス・キャンプで生の実験を体験し、参加者同士の交流も深めています。「XLab」という名前は、「Experiment, experience, exciting, expert」といういろいろな意味を込めていると、ディレクターのEva-Maria Neher教授が仰っていました。実際に高いレベルの実験を「体験すること」が深い理解に繋がるという理念に基づいているのです。それを支えているのは教員、技術職員、事務職員含めて総勢20名を超えるスタッフ。興味のある方はHPをご覧ください(www.xlab-goettingen.de)。
この企ては、ドイツにおいて自然科学系の学部に進学する学生が2000年以降にどんどん減少したことに、アカデミアも産業界も政府も危機感を持ち、上記のNeher先生の献身的な努力もあって実現したものです。日本でも、スーパー・サイエンス・ハイスクールなどの実施により、以前より高大連携が進んでいますし、理化学研究所脳科学総合研究センターでは設立当時より「RIKEN BSI Summer Program」を開校して、最長2ヶ月くらいのコースに世界各国から参加者がありますが、いずれも既存の研究室においてインターンシップを行うスタイルですから、どうしてもスタッフに無理がかかります。是非、我が国にもこのようなXLabの制度を立ちあげて、自然科学に興味のある若い方々を惹きつけてほしいと思いました。XLabでは、教員向けの研修も行っていますので、理科教員の学び直しのための活用も重要ですね。
科学人材育成のためには、もちろん上記のような中等教育への介入だけでなく、初等教育からのシームレスな施策、きめ細やかな支援が必要だと思います。理系人材が教員免許を取りにくい現状を変えることも、理科好きの子どもを増やすことに繋がるでしょう。
さて、日本分子生物学会の第36回年会は、いよいよ12月3日から神戸ポートアイランドにて開催されます。近藤滋年会長は組織委員会やプログラム委員会の先生方や事務局の方々とともに、さまざまな企画を立てておられます。ルミナリエの始まる12月の神戸にて、皆様にお目にかかるのを楽しみにしています。
2013年10月
特定非営利活動法人 日本分子生物学会 第18期理事長
(東北大学大学院医学系研究科)
大隅 典子
理事長からのメッセージ(2014年初春)
学会はみんなでつくろう!

明けましておめでとうございます。
2014年が皆様にとって素晴らしいものになりますよう、心から祈っています。
2013年の12月は慌ただしい月でした。「師走」は、師匠の僧がお経をあげるために東西に馳せる月と言われますが、日本分子生物学会にとっては、年会が開催される時期です。昨年の第36回年会は、近藤滋年会長の直前エフォート120%という肝いりで、単独開催でありながら参加者7,836名という、賑やかな年会となりました。サイエンス関係では、門脇孝先生を委員長とするプログラム委員会により指名されたオーガナイザーによる「冠シンポジウム」というスタイルが目を引きました。また、塩見美喜子先生を委員長とするキャリアパス委員会が企画された2つのランチョンセミナーが大盛況であったと聞いています。
……「聞いています」という表現を使わざるを得なかったのは、私自身が他の企画に参加していたからです。中でも「理事会企画フォーラム」と称する「研究不正関係企画」は、第1日目から3日目まで午前・午後1コマ(90分)ずつ、合計6コマが充てられ、実際には各セッションの終了時間が伸びたりしましたので、合計で10時間に及ぶ時間を割きました。他のサイエンス関係セッションとは平行して行いましたので、毎回の参加者は数十名でしたが、延べ人数としては200名くらいであったでしょうか。小原雄治副理事長・研究倫理委員長、中山敬一副理事長、篠原彰年会ワーキング委員や執行部の多大なご尽力により、研究者サイドだけでなく、研究資金配分機関、マスメディア、Nature編集者等も参加し、活発な議論が為されました。各セッションの「まとめ」はすでに学会HP上に掲載してあり、さらに全文記録が公開される予定です。今後、昨年6月に行った会員webアンケートや今回の議論をもとに、「研究公正局」のような組織が必要なのかどうか、学会としてはどのように研究倫理についての意識啓発や教育に関わるべきなのか、取り組んでいきたいと思います。
関連して、暮れも押し迫った26日に、東京大学から「中間報告」としての記者発表があり、合わせて理事長宛てに「論文不正の疑いに関する調査(中間報告)の公表について」という書面が届きましたので、こちらも翌日の27日付でHPに公開しています。そのコメントにも記しましたが、日本分子生物学会としては、生命科学分野研究の健全な未来に向けて、自らの襟を正して研究不正問題に対処することが重要と考えております。私たち科学者は、研究費のかなりの部分が公的な資金によって担われていることを念頭に、社会からの信頼を損なうことのないようにしなければなりません。そうでないと、自由な意志に基づく基礎研究を展開することが難しくなるでしょう。
「社会との関わり」について、近藤年会では「ガチ議論」という企画で、鈴木寛元文部科学副大臣、原山優子総合科学技術会議議員などもお呼びして、科学政策についてのパネル討論を行いましたが、こちらはUstream配信やTwitterでのコメントを受付けました。私自身は、もう一つの企画「市民公開講座:生命世界を問う」に登壇させて頂きました。こちらは別名「TED風プレゼン企画」であり、たった12分の持ち時間で「研究の楽しさ、研究者の人となり」を伝える、というミッションでした。リハーサルも9月に日本科学未来館で行ったのに加えて、当日午前中にもゲネプロを行うという力の入れようであり、私自身も普段とは別の緊張感を持って臨みました。追ってYouTubeに動画がアップされ、当日会場に来られた700名余の方々以外の市民の方々にも視聴して頂けるという意味で、より波及効果の大きな企画になったと思われます。
年会では他にも、楽しい「アート企画(Genes to Cells表紙の展示、サイエンス画像のコンテスト、Jazzセッション等)」や「海外ポスドク招聘企画」など(盛りだくさんに!)ありました。最終日午後の「2050年シンポジウム」等のセッションまで参加された方も多く、各種表彰式などは一大「学芸会」的なノリだったと思います。それらも含め、第36回年会についてのアンケートを現在web上で行っています。「ここが不満・良くなかった」という点だけでなく、「良かった・続けてほしい」企画については、今回年会に参加されなかった方も含めて、是非ご意見をお寄せ下さい。皆さんの意見のフィードバックが次の年会(年会長は小安重夫先生です)に繋がります。学会は皆でつくるものなのですから。
2014年1月
特定非営利活動法人 日本分子生物学会 第18期理事長
(東北大学大学院医学系研究科)
大隅 典子
理事長からのメッセージ(2014年初夏)
「科学」という手続き

本当はもう少し、せめて桜の咲いているうちに書きたかったのですが、諸事情により遅くなりました。「諸事情」というのは、国内外の生命科学系の研究者だけでなく日本の多くの国民まで巻き込んだ「不思議な性質の多能性幹細胞」をめぐる一連の騒動のことです。
個人的な見解については拙ブログの方に書いていますが、日本分子生物学会としては、3月3日と11日に「理事長声明」を出しました。問題となったNatureの2本の論文の筆頭著者は本学会の会員ではなく、個別の論文不正問題に踏み込んでの声明は異例なことだと思っていますが、今回の事件は社会の関心も高く、研究倫理委員会および執行部で話し合った上での声明発表でした。
記者会見の様子が動画配信され、7時のNHKニュースのトップで20分近くも報道されるに至り、この不思議な細胞にまつわる話題は、もはや科学の世界の問題ではなくなりました。週刊誌に科学者の名前が毎週のように掲載されるような事態を誰が想像したでしょうか。これらの報道のされ方を見ていて、改めて科学の世界のできごとを一般市民に伝えることの難しさを認識しました。
人間が智を得る手段は科学だけではありませんが、科学の世界では自分が発見したことを知らせるための「手続き」がきちんと決まっています。自らが「悟った!」「発見しました」「信じています」と言うだけでは駄目なのです。何らかの「仮説」に基づいた研究であれば、それを支持する証拠を探し、そのデータを正確に記録し、再現性を確かめます(脚注)。もし再現性が無ければ、仮説を修正する必要があるのかもしれません。十分に再現性があり、人に伝えることのできる確証を持ったなら、それを他の科学者にも見てもらって批判を受けます。必要があれば、さらなるデータの追加や、より厳密なデータを示すことを求められます。これらの「手続き」に不備があれば、それは科学の俎上には載せるべきではありません。科学には健全な批判精神が必要です。そして、学術団体が主催する年会・大会などは、まさにそのような議論を行うための場なのです。
また、学術誌に掲載された論文は、その後も多くの科学者による再現性の検証がなされ、初めて科学の世界で認知されるようになるものです。1960年代初頭にJoseph Altmanらがラット脳で発見した生後の神経新生は、その後、半世紀かけて吟味されて霊長類でもその存在が確かめられ、認知機能や情動行動に関係することがわかりました。ヒトにおいても、1990年代終わりに癌患者のボランティアにより成体脳における神経新生が報告されましたが、ついに昨年、14Cを用いた画期的な手法により、健康な成人の脳でも生じていることが検証されました。Altman先生が最初の発見者としてその功績により国際生物学賞を受賞されたのは最初の論文発表から半世紀後の2012年のことになります。
この10年ほどの間に、アウトリーチ活動の重要性が説かれ、研究成果を科学報道に繋げる努力が為されてきました。論文発表を科学報道につなげるためのプレスリリース文では、「何々の発見:これこれに役立つことが期待」などのタイトルを付けることが多いのも事実です。しかし、科学者たちや研究機関の広報担当者は、それがまだ「途中段階」であることを折込済みで、あえてキャッチーな言葉を用いるのですが、マスメディアの報道を見た・読んだ市民には、あたかも論文発表は完成型として受け取ることが多いということも、今回の騒ぎで強く認識したことでした。
日本分子生物学会では、昨年の理事会フォーラムや今回の事例も踏まえ、学会としての対応を打ち出す予定です。日本学術会議では、本年1月25日に「科学者の行動規範—改訂版—」(https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-s168-1.pdf)を発出しました。文部科学省の研究活動の不正行為に関する特別委員会の報告書「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/houkoku/06082316.htm参照)では、それぞれの研究組織、研究資金配分機関、学協会等学術団体における取り組みについて挙げられています。また、CITI Japanプロジェクト(http://www.shinshu-u.ac.jp/project/cjp/)では、米国CITI Programとの連携により、研究倫理を学ぶためのe-learningシステムを提供しており、研究不正の定義やオーサーシップの問題が解説されています。すでにJSTの研究プロジェクト遂行者には受講が義務付けられている他、沖縄科学技術大学院大学などでは教育カリキュラムに取り入れられました。これらの状況を踏まえ、学協会側としてはどのような対応が現実的かつ実効性が高いかについて吟味する必要があります。
研究不正問題は、研究者コミュニティーを構成する一人ひとりにとって重要な問題です。これは決して若手研究者が未熟だから生じる問題ではなく、先輩やグループリーダー、そして研究室主宰者の脇の甘さが災いする可能性があります。研究不正が起きるのを防ぐ努力こそ、起きてしまった不正に対応するよりも、長い目で見れば時間やコストのかからない賢明な策といえるでしょう。
さて、最後に嬉しいお知らせを一つ。過日行いました分子生物学会の「キャラクター」とその「名称」の募集には、なんと259点もの応募がありました! 会員の皆さんによるweb投票(5月9日の17時まで)により決定する予定です。決定されたキャラクターデザインをもとに、今後、グッズの作製などを行い、分生が行う高校生向けイベント等で用いることになっています。乞うご期待!
また、日本分子生物学会では2年ごとに理事の選挙を行います。学会の運営に携わり、その方向性を決める理事を選出するのに、皆様の意志を反映する機会です。投票はオンラインで行い、期間は6月23日から7月11日です。ぜひ投票をお忘れなく!
脚注:科学の分野によっては再現性を検証することが困難なこともありえます。例えば進化の過程でどのように生物が変わっていったかなどは、仮説の検証が難しい命題です。また、今後、個人のゲノム解析が進んだ場合に、一人ひとりのゲノムに存在する300万塩基対の違いや、さらに経験や環境によって影響を受けるエピゲノム修飾を考慮すると、究極にはまったく同じ条件を再現することが難しいという状況も想定できると思います。今後このような「一回性の科学」を生命科学がどのように取り扱うようになるのかは興味深いことです。
2014年4月
特定非営利活動法人 日本分子生物学会 第18期理事長
(東北大学大学院医学系研究科)
大隅 典子
理事長からのメッセージ(2014年晩夏)
ロイヤル・ソサエティに学ぶ科学と社会の在り方
残暑お見舞い申し上げます。
季節ごとに会員の皆様宛にメッセージをお送りして、これで7つ目ですが、前回、4月末から8月までの間も目まぐるしい展開がありました。
まず8月1日付で、東京大学から分子細胞生物学研究所関係の論文不正に関する調査報告(第一次)が発表され(http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_260801_j.html)、元当学会理事であった加藤茂明博士含む4名の不正行為が認定されました。これまで、当学会では加藤博士自身が論文不正予防のための啓発活動にも関わっていたことも踏まえ、研究不正への対応について活動を進めて参りました。本件のすみやかな解明を求めてすでに平成24年11月および平成25年8月に東京大学宛に要望書を送って来ましたので、このたびの東京大学からの第一次報告は、大きな一歩と考えます。165報という膨大な数の論文の調査ならびに裁定の審議に当たられた方々のたいへんなご尽力には、最大の敬意を払います。一方で、平成24年1月に不正についての疑義が告発され、研究所内での予備調査の後、平成25年9月から徹底的な本調査が開始、同年12月に中間報告が行われ、その報告に基づいた第一次裁定が今般為されたというように、長い時間がかかったことは、論文不正問題の取り扱いに関して多くの問題が残っていると考えています。
その直後、8月5日に本学会員であった笹井芳樹博士が自らの命を断ったという痛ましい知らせが飛び込んできました。ご遺族および関係者の方々には心からお悔やみ申し上げます。また、もっとも身近なCDBの方々におかれましては、動揺も大きいことと拝察いたしますが、くれぐれもこれまで以上に良いサイエンスを続けて頂ければと願っています。Web上には各種の憶測など取り沙汰されていますが、その中で、あたかも本学会が笹井博士を追い込んだ、というような批判につきましては、まったく不当なものであると申し上げておきたいと思います。本学会webページ上に発出されている要望等において、個人を対象として述べたものは一切ありません。また、7月末のTV報道に関して、本学会の立場で関わったというようなこともありません。
日本分子生物学会は来年から第19期となりますが、先日、新理事の方々が選挙によって選ばれました。科学と社会が近づいて来た今日、学会が抱える問題はこれまでよりも多岐にわたります。18期から19期に上手く引き継ぎをしたいと思います。
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科学と社会の関係について、最近、経験したことをご紹介します。
7月初旬、2つの国際会議の間の日程でロンドンを訪問し、初めてロイヤル・ソサエティの行事に参加してきました。ちょうどサマー・サイエンス・イグジビションという毎年恒例の行事が開催されているところで、それに付随して行われる「ソワレ(夜会)」に行ってみない?」というお誘いをフェローであるProf. Veronica van Heyningen先生から頂いたからでした。ロイヤル・ソサエティは英国のアカデミーとして最高峰であり、さしずめ日本なら学士院なのでしょうか。フェローの方は女王より勲章が授与されます。ロンドン中心部ピカデリーにあるバーリントン・ハウスという17世紀に建てられた建物には、ロイヤル・ソサエティ歴代の方々のポートレート写真や肖像画が多数、飾ってありました。近代科学を率いてきたという自負を表しているのでしょう。個人的には、哺乳類胚操作に関する業績により日本国際賞を共同受賞されたAnne McLaren博士がマウスとともに描かれた肖像画を拝見して、お顔を懐かしく思い出しました。その後、Gail Martin博士とMartin Evans博士らのES細胞の樹立に繋がるお仕事をされた方です。X線結晶構造解析でノーベル化学賞を受賞されたDorothy Hodgkin博士のポートレートもありました。
サマー・サイエンス・イグジビションは、ロイヤル・ソサエティ創立1768年の翌年から、毎年欠かさずに会長主催で(!)開催されている科学に関する市民向け公開展示です。詳細についてはヴィジュアルなweb頁がありますので、そちらをご覧頂ければと思います(http://sse.royalsociety.org/2014)。このような催しの伝統が18世紀にまで遡るというのは、英国ならではと思います。燕尾服やドレスに身を包んだ紳士淑女が、物珍しそうに展示を見ている様子を表した絵なども飾ってありました。その流れが、ドレスコードとして「ブラックタイ」着用という、Veronica曰く「Very British!」なソワレとして残っているという訳です。ソワレはお料理がビュッフェの着席スタイルで、フェローの方々の同窓会のような雰囲気でした。ちょうど季節の苺のクリームが、プラスチックの試験管のようなものに入っていたのが科学展示イベント的で面白かったです。
科学の営みの意義やその成果を市民に伝えるのは、容易なことではありません。科学を伝えるのは、必ずしも科学者だけではなく、初等中等高等教育に関わる教員の方、各種メディアの記事や著書を書かれるサイエンス・ライターの方なども重要です。とくに、科学がどんどん細分化され深化していくと、最先端の発見を子どもたちや一般の方々に理解して頂くのは大変、骨が折れるものです。「正確さとわかりやすさ」のバランスをどのあたりに求めるか、プレス・リリースを出す立場になると毎回、悩ましい思いをします。
科学のサポーターや応援団を増やすには、日頃の努力が欠かせません。私たちの科学研究のかなりの部分が税金をもとにした国の研究費で支えられている現状を鑑みれば、このことは科学者側が普段から気にしておく必要があります。このような活動は、一見、科学の発展を進めるのに関係ないように思われがちですが、平時の備えが疑似科学を防いだり、研究費配分などに影響を与えたりするのだと思います。
さて、今月の初めには今年の横浜年会の演題登録が締め切られました。今年は例年よりも早め、11月末の開催です。サイエンスについて議論を深めるミーティングにしたいと年会長の小安先生が仰っておられました。
皆様、奮って横浜へ!
2014年8月
特定非営利活動法人 日本分子生物学会 第18期理事長
(東北大学大学院医学系研究科)
大隅 典子
理事長からのメッセージ(2014年師走)
種々ありました2014年も師走になりました。これが今期理事長としての最後のメッセージです。
今年の日本分子生物学会年会は11月末に、小安重夫先生の年会長の陣頭指揮の元、パシフィコ横浜にて行われました。期間は3日と短くなりましたが、おかげさまで7,565名もの参加者に恵まれました。皆様、多数のご参加をありがとうございました。2009年の小原年会の折に行われたポスターセッションの「ディスカッサー制」が復活し、シニアの先生方も多数、ポスターセッションに参加して頂いて、サイエンスに関する熱い議論が為されたのは何よりでした。私自身は横浜市教育委員会との連携による「サイエンス&アート」企画のプロデュースに関わらせて頂きました。
その総会の折にもお話しましたが、今期、本学会として行った活動を振り返りここに記しておきたいと思います。
まず、新しい会員制度を制定したことを取り上げます。これまで本学会の一般会員であり、ご退職された方は、お申し出により「シニア会員」となられた場合、年会費は学生会員と同じ(3000円)、年会参加費は無料となります。この制度を活かして、これからも学会活動にご参加頂けたらと思います。一方、初等中等教育に関わる教員等の方に向けて、「次世代教育会員」を設けました。こちらは、年会費は一般会員と同じ(6500円)ですが、年会参加費は無料です。ぜひ、年会にご参加頂いて、最先端の生命科学研究の情報や現場の雰囲気を、次世代の生徒さんたちに伝えて頂ければ幸いです。
また、今期から「男女共同参画委員会」を発展的に「キャリアパス委員会」に改組しました。塩見美喜子委員長のご活躍により活発な活動が為されましたが、中でも、2012年に男女共同参画学協会連絡会が行った大規模アンケート(総回答数16,314名)から、本日本分子生物学会会員データ(2,448名分)を抽出し、キャリアパス委員会の皆様を中心として独自の分析を行い、「第3回日本分子生物学会男女共同参画実態調査報告書」がまとめられました。その結果をもとに「男女共同参画のさらなる推進を目指して〜女性研究者リーダーシップ養成と充実したライフイベント環境整備に関する要望書」を作成し、12月2日に塩見委員長とともに、文部科学省科学技術・学術政策局の川上伸昭局長および同省生涯学習局の河村潤子局長に手交して参りました。両局長とは生命科学系研究者のキャリアパスや男女共同参画に関わる問題に関して、じっくりと懇談させて頂きました。今後の施策に繋がることを祈っています。
さて、研究倫理に関する問題に関しては、前期からの重要な申し送り事項でもあり、昨年の年会時には6セッションにわたる研究倫理フォーラムを開催しました。この内容は全文記録として4月にHPに掲載致しましたが、その間に起きた論文不正が社会を巻き込んだ事件となったために、種々のことが混乱しました(本学会から理事長声明を出したこと等の経緯については、以前のメッセージをご参照下さい)。この事件の他にも研究不正問題が発生していたこともあり、8月26日付で文科省の研究不正ガイドライン(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/08/1351568.htm)が決定され、来年4月から実施されます。すなわち、研究倫理問題は新たなフェーズに入っております。ガイドラインでは研究者のみならず研究機関の取るべき責任について明示されており、大学等ではすでにその対応について検討されていることと思います。学会がどのように研究の公正性を保つための活動をするのかについても、次期の理事、執行部、委員会の皆様によく検討して頂くことが必要と考えられます。
これからの学会活動においては、社会との対話がより重要であり、第18期理事長を仰せつかった際には、生命倫理の問題についても学会として取り組むことができればと思っておりました。現在、iPS細胞などの多能性幹細胞から生殖細胞を作製できたり、CRISPR/Cas9などのゲノム編集技術を用いたりすれば、より簡便に遺伝子改変生物を作製することが可能です。生命科学者は倫理観に基づいて自らの研究に取り組む必要があり、また研究によって派生しうるリスクについても社会に伝えていくべきでしょう。
年が変わると新理事長、荒木弘之先生による第19期が始まります。2015年の年会は影山龍一郎先生により神戸にて、2016年は一條秀憲先生により横浜で予定されています。この2年間の間、理事・監事の先生方、各種委員会委員および幹事の皆様、学会事務局の方々には大変にお世話になりました。18期の終わりにあたり、これまでの多大なご支援に感謝するとともに、新しい期の学会の幕開けを歓びたいと思います。日本分子生物学会のさらなる発展への期待を込めて、最後のメッセージを締めくくります。
ありがとうございました。
2014年12月
特定非営利活動法人 日本分子生物学会 第18期理事長
(東北大学大学院医学系研究科)
大隅 典子

