理事長からのメッセージ(2013年夏)

portrait of Prof. Noriko Osumi

リケジョ誕生百年を祝って

 季節ごとにメッセージを発信しようと決めたのですが、3ヶ月が過ぎるのがなんと早いことかと思います。すでに学会員への一斉メール配信や会報105号によりお伝えしていますが、この間に、研究倫理に関しての理事長報告および理事会声明を公表し、会員へのアンケート調査を行いました。おかげさまで1022名もの方々からの回答を得ることができました。この場をお借りしまして心から御礼申し上げます。回答の分析結果は、近藤年会長のもとに開催されます第36回日本分子生物学会年会において、大会企画の中で扱う予定であり、今後の実データに基づいた行動指針を立てるのに役立つと思っています。

 この間、想定外のこともありました。官邸主導による「日本版NIH構想」に関して、本学会は多数の基礎生命科学研究者を擁するという立場から、2つの共同声明発出に加わりました。6月10日に出たものはライフ系の7学会から、そして、6月11日には生物科学学会連合からの声明が出されました。どちらも、基本的には健康・医療の分野において日本の現状では基礎研究から応用研究への繋がりが良くないことや、臨床研究へのトランスレーショナルリサーチを見据えるなど改善点を認めつつ、将来の芽につながる可能性を持つ未知数の生粋の基礎研究をないがしろにしないでほしい、という内容の要望です。予算規模も扱う対象も似て非なる「日本版NIH」の具体的な中身については、これからもしっかりと見守る必要があるでしょう。

 実は3ヶ月前の時点で、次の「ネタ」として考えていたのは女性研究者のことでした。今年は、初めての女性、しかも非軍人宇宙飛行士ワレンチナ・テレシコワがボストーク6号に単独搭乗して50年、そしてロザリンド・フランクリンがDNAの構造決定の鍵となる結晶構造解析データを出したことによる、有名なワトソン・クリックのNature論文が出されて60年という節目の年なのですが、日本で初めて3名の女性が東北大学(旧東北帝國大學)に入学してから百周年目でもあります。東北大学は開学の理念の一つに「門戸開放」を掲げ、いわゆる「傍系入学」を認めることにより、旧制高校卒業生以外の人材にも受験資格を与えました。そこで、東京帝国大学の化学の教授であった長井長義は、非常勤で教鞭をとっていた高等女子師範(現お茶の水女子大学)および日本女子大学校(現日本女子大学)において見出した優秀な女子学生に、東北帝国大学の受験を勧めたのでした。こうして、黒田チカ、丹下ウメ、牧田らくという三名の女性が東北帝国大学の理学校に入学して化学と数学を専攻し、無事に学士として卒業しました。日本で最初の女子大生は理系、すなわち元祖「リケジョ」であった訳です。

 独創的な科学を育むためにも、人的多様性は重要です。前回のメッセージでも引用した元東京大学総長の蓮見重彦先生の『私が大学について知っている二、三の事柄』の一節は、以下の様な出だしでした。

文化とは、その「稀なるもの」、その「異質なるもの」を擁護しうる多様性によって、その質を高めるものにほかなりません。そして、そのような社会が、真に独創的な個体を生むのです。

 昨年の年会の時点において、日本分子生物学会の学生会員において女性比率は35.1%、一般会員は19.6%でした。年会ポスター発表の27.6%はこの比率の中間に位置していますが、シンポジウムの講演者の女性比率は3.7%、オーガナイザーでは0%となっていました。もちろん年齢構成が男女で異なると思いますが、2002年から男女共同参画ワーキンググループを立ち上げた本学会においても、まだまだ女性を活用する「伸びしろ」があると考えられます。

 女性・男性ともに、若い方々がその能力を発揮するには、メンターの存在が重要です。上記の日本で最初のリケジョ誕生の裏には、長井長義や東北大学理科大学校の真島利行(後に大阪帝國大學総長)、同郷の名士などの恩師の存在がありました。メンターはロールモデルとしての役割を果たすこともあります。「あんな人物になりたい」「こんな職業を目指したい」という強い思いは、キャリアの道を進む上で大きな力になるでしょう。逆に、研究室で年長グループに入った方は、年下のメンバーがその背中を見ているという意識を持つことが必要と思います。人を育てるのは人なのです。

2013年7月

特定非営利活動法人 日本分子生物学会 第18期理事長
(東北大学大学院医学系研究科)
大隅 典子