キャリアパス対談
第3回:井関祥子×岩崎 渉

委 員:井関祥子(医科歯科大・医歯)、岩崎 渉(東大・大海研)
日 時:2013年12月5日(木)9:00~11:15
場 所:神戸国際会議場

【井関】日本分子生物学会における男女共同参画は、2001年に年会保育室の設置を目指すところから活動が始まりましたが、ちょうど干支が一巡したタイミングで大隅典子先生が理事長就任の際に述べられたように、男女という枠組みではなく、若い方のキャリアを考えるためにキャリアパス委員会へと改組されることになりました。
 本学会も加盟している男女共同参画学協会連絡会が、会員の意識調査を目的とした大規模なアンケートを4~5年おきに実施しています。そこで、バイオ系で最大規模の分子生物学会では、「バイオ系専門職における男女共同参画実態の大規模調査の分析」を行い、その結果から浮き彫りになった、ポスドク等のキャリアパスや意識改革など、男女とも共通の問題として取り組むべき必要性を私も感じているところです。
 そこで今回のキャリアパス対談では、委員のなかで最もお若い岩崎先生に若手の考えを聞かせていただき、今後の活動に活かせればと思います。今日はよろしくお願いします。

Wataru Iwasaki

【岩崎】井関先生、こちらこそお願いします。
 2012年末に実施された第3回大規模アンケートのバイオ系に関する調査分析は、本委員会ワーキンググループの先生方とこれから進めることになりますね。
 若手と一言で言っても様々なわけですが、大きく時代背景から言うと、私も含めてバブル期の上向きの世相を知らない世代ということは一つの切り口かなと思っています。そしてまた、これから従属人口指数(※働き手である生産年齢人口100人あたり年少者と高齢者を何人支えるかを示す指数)が100に近づいていく社会で生きていくことを意識せざるを得ない世代、でもあります。男女共同参画、そして若手のキャリアパスについても様々な論点がありますが、考えていくと、結局のところはそういう“縮みゆく”時代の分子生物学の姿をどうするか?ということにおおよそ帰着するのかな、と思っています。いかがでしょうか?

【井関】うーん、真正面から切り込んできましたね(笑)。
 社会全体の流れとしては、産休や育休などの取得が推進されたり、フレックスな勤務体系が認められたり、職場での保育園の設置などハードとソフトの両方の面で働く女性の応援ムードは高まっていると思います。もちろん、産休を除いてですが男性も対象ですね。しかし、私たちの身近なところでは、女性研究者支援に関する制度はあっても、それが男女共同参画の飛躍的な意識改革に結びついているとは言えないでしょうね。
 さて、欧米での取り組みを追随してきた我が国の男女共同参画で、バイオ系専門職の若手が指標とすべきは何だと思いますか?

【岩崎】ロールモデルという言葉も欧米から輸入されたもののひとつかもしれませんが、この言葉はちょっと誤解を招く場合があるかもしれませんね。世の中も変わる中で、女性に限らず若手研究者全体として、自分の歩みたい道を自分で考えなければいけない、ということは割と良く実感されていると思います。その中で、もしロールモデルに自分とは違うと感じるところがあれば逆に負の効果が現れることもありますし、そもそも研究者はある面でロールモデルが無いところに活路を見いだす職業でもありますよね。その意味では、ロールモデル集というよりも例えば“こんな生き方もあります”集ぐらいのほうがメッセージが伝わる面もあるのかなと。

Sachiko Iseki

【井関】おっしゃるとおりと思います。私が学生の頃はロールモデルなんて言葉はありませんでしたけど(笑)、男女共同参画に関わるようになってからは耳にする機会が増えました。仮に誰かが私をロールモデルとしてくれたときに、それ自体はすごく嬉しいことですが、もともと思考やバックグラウンドも全く違うんですから、果たして本当にお手本になるのかわかりませんよね。
 そして、家族で食事ができる時間に帰宅するように仕事を上手に配分できる方など、ワークライフバランスのとれた方も上手にクローズアップしないと、窮屈に感じてしまうかもしれません。自宅より研究室のほうが落ち着く私のようなケースもあったり、多様なロールモデルがあることに気付いてもらうのが大事ですね。

【岩崎】私個人の実感としては、研究には携わりたいけど“マッチョな”働き方はちょっと違う、自分らしくやっていきたいと感じている学生も結構多いのかなと思っています。自分らしくと言うと戦略的なコピーライティングみたいですし(笑)、その是非は議論の対象だと思いますが、先ほどの縮みゆく日本のことを考えても、そういうダイバーシティも受け入れられる環境はやはり必要かもしれません。これはまさに男女とも共通に考えるべきテーマですし、今開催されている第36回年会でも取り上げられている研究倫理の問題とも、裏では繋がってくるところでもありますね。

【井関】なるほど、ダイバーシティですね。
 一方で、どういう人を育てていくかも重要になりますね。多様な人材が欲しいのにマッチョな人材が育っていないとなると、ダイバーシティが活かされなかったということになってしまいます。特にリーダーを育成するという観点では、より意識的にロールモデルを選び、分析したうえで学ぶことが求められる、ロールモデルとは本来こういった定義だそうです。
 もっと現実的に言えば、大学院の重点化で博士課程の学生が増えました。すなわち博士の学位を持つ人の数が増えているわけですが、例えば教授のポジションがそれに応じて増えているわけではありません。一般的に研究の世界の中でのピラミッドの頂点と考えられる教授になることがすべてではないと私自身は思っていますが、ここを目指さない若手はどうなりますか、という話です。第36回年会で開催したキャリアパス委員会主催のランチョンセミナーでも取り上げましたが、ベンチャー企業に勤めたり、製薬会社に就職したり、アカデミア以外の仕事へ就くことに対して偏った考えを持った方もいると思うんですが、最近はだいぶ変わってきましたよね?一方で、フィンランドでは、某電気通信機器メーカーなどの大手に就職するほうが稼げるからバイオ系には男性研究者が残りにくい、という話しを聞いたことがあります。

【岩崎】そうですね、キャリアパスに関わるリスクが叫ばれた時期を経たこともあると思いますが、それぞれの選択だ、という意識に変わってきたと思います。

【井関】リスクを回避する傾向が強くなっているのかな。それでも、踏ん張って、踏ん張って、様々な経験を積むことの大切さも若い方には忘れて欲しくないですね。頑張ったことはその後の人生に絶対に生きてきます。
 それから、日本学術振興会の特別研究員-RPD(Restart Postdoctoral Fellowship)制度に男性も申請できることはご存知でしたか?この制度は、出産や育児に際して研究から離れざるを得ないなど、その後の研究現場への復帰を支援するもので、分子生物学会が積極的に取り組んできた活動のひとつです。結婚している女性研究者の配偶者は、3人に2人が研究者ということもあるので、夫婦で相談してどちらかが挑戦する方法もとれます。
 このように可能な限り取り組んできたのだとは思いますが、いま男女共同参画が混とんとしてきたのもたしかだと思います。ランチョンセミナーで実施したアンケートからもわかるように、女性研究者支援についても視点も変えていく時期なのかもしれません。

Wataru Iwasaki

【岩崎】はい、今回のアンケートには注目すべきコメントが多く寄せられた一方で、論点はすでに出尽くしているのかな、という印象も改めて感じました。例えばいわゆるポジティブアクションについても、その必要性の一方で、男性研究者のみならず女性研究者の側にも“特別扱い”されることに対して否定的な考えがあることも自然です。価値観はそれぞれに正しいので、次のステップに進む上では、少し根本的なところ、例えば先ほどもあったこれからの分子生物学の姿という観点から考えていくことも必要かなと感じます。

【井関】積極性が養われていない、それに慣れていない女性が少なくないのはリアルなところだと思います。ただ、ある集団があるときに、一定の割合で女性がいるとバランスがいい面もあったりするんです。
 現代の若手に目を向けたとき、彼らのPIは男女共同参画がようやく浸透してきた世代であることに気付きます。しかし、世間では専業主婦願望が高まるなど、制度の拡充とは逆行しているような側面もある。向き不向きもありますよね。だからダイバーシティだと?

【岩崎】そうですね。実のところ、人事において「男女共同参画に配慮しています」というフレーズが形骸化しがちな構造的な原因は、公募の単位が“一人”であることにありますよね。また、例えば私の専門はバイオインフォマティクスですが、論文を書く研究者だけではなく、データベースの維持やサービスに向いている研究者も重要であったりします。どうすれば良いか私も具体的なアイデアがあるわけでは無いのですが、ダイバーシティをどう構造的に組み入れていくかということは、男女共同参画を推進するうえでも、若手のキャリアパス全体を考えるうえでも、共通してくるポイントかなと思っています。

Sachiko Iseki

【井関】私自身は、「独立したい、PIになりたい」という気持ちはあまり強くなく、自分と年齢が近くて同じ研究をしているPIを見つければ、独立せずにいまの研究が長く続けられるって思ったんです。研究室の運営などをせずとも好きな研究が続けられると。ずるいですけど(笑)。
 岩崎先生がお生まれになった頃、「大草原の小さな家」という西部開拓時代を描いたアメリカドラマが日本で放送されました。大好きで再放送も繰り返し観ていたのでよく覚えていますが、このドラマの中では主人公たちの職と住が近接で、男女共に役割があり、文句のつけようもないほどの絶妙なバランスで展開したドラマでした。しかしそんな主人公たちでさえ、男女どちらか一方が外へ働きに出ると、そのバランスが簡単に崩れ始めてしまいました。研究室のメンバーとは家族のような付き合いをする場合も多いと思いますので、バランスの重要性は言うまでもありませんね。そして、生活におけるいろいろな単位としての社会というグループが大きくなればなるほど、その比重は高くなります。
 それと、私はすべての女性が社会に出て働かなきゃとは思いませんし、人生のある時点で家庭に入ることを否定するつもりもまったくありません。ただ、キャリアを続けていきたい、仕事を続けていきたいという女性がいれば助けたい、そういうスタンスで委員会にも参加しています。

【岩崎】今期から新しく始まったキャリアパス委員会の狙いも「より広い視野から問題を捉える」ということですから、まさしく、より広い視野からサポートできると良いですね。

【井関】研究と教育をしている以上は、ある部分はこうだよと示さなきゃいけないけれど、あとは若手自身で考えてもらうのがいい。まさしく自立した研究者を育てるにはそれが一番ですよね。PIに良い意味での「おもてなし」の気持ちがなければ簡単に見透かされてしまいますから(笑)。岩崎先生、今日はありがとうございました。